アメリカの卒園式、息子の成長を振り返って

アメリカの卒園式、息子の成長を振り返って
この記事はだいたい 4 分前後で読めます。

「英語わからないから、恥ずかしい。日本の幼稚園がいい!」

そんなふうに言っては、泣いて登園拒否していた息子が、5月にアメリカで卒園式を迎えました。

20名のPre-Kindergarten の仲間たちと一緒に、会場に集った家族や友人たちとハイタッチしながら笑顔で入場し、覚えた振り付けを交えながらステージで堂々と歌う、たくましく成長した息子の姿を一瞬でも逃すまいと目に焼きつけました。



日本から渡米して、息子をプリスクールに通わせ始めたのは2025年8月のことでした。

「英語わからないから行きたくない」

という息子と奮闘し、プリスクールへ送り出す日々。

日本語もまだ未熟な4歳の息子にとって、英語だけの環境はきっと不安だらけだったと思います。

また、言葉の面だけでなく、肌や髪の色が違うといった人種の見た目のギャップの面でも、初めは相当インパクトがあり、慣れるまで時間を要したのだと想像しています。

家族や気心知れた相手にはひょうきんな性格なのですが、根はかなり真面目なタイプで、完璧にやりたいのに、何もかも思い通りにいかない環境に抵抗があったようです。

それでも、プリスクールのお食事の前にみんなで言う英語のお祈りのフレーズを、家での食事の前に突然唱え始めたり、

親の私たちが真似できない発音で話したり、

「こんな英語、どこで覚えたの?」

と驚くことも、少しずつ増えていきました。


ただ、半年近く経っても、

「休めるなら休みたい」という気持ちは、
ずっと持っていたように思います。


そんな息子が、今日、ステージの上で卒園証書を受け取り、笑顔で大好きな先生と仲間たちと並んでいました。

証書を受け取るときは、プリスクールが用意してくれた、アメリカの大学の卒業式でよく見るような緑色のガウンと、小さな博士帽を身にまとっていました。

みんなに見守られながら少し照れながらも自信に溢れた笑顔をみて、

「卒園することができて、本当によかった」

と感じた瞬間でした。



夫は先に日本へ帰国していたため、動画や写真を共有しながら、離れた場所で卒園式を見守る形になりました。

ただ、ここに至るまでには、本当にいろいろなことがありました。

夫の帰任が決まり、私と子どもたちだけでアメリカに残ると決めてから、不安なことや大変なこともたくさんありました。

それでも、この土地で出会えたいろいろな方々の支えのおかげで、こうして今日を迎えられたことを、卒園式の日に改めて強く感じました。

私たちが住んでいた地域には、さまざまな人種や国籍の人たちが暮らしています。住む場所を決める際も、それが決め手となりました。

学校の先生方も、多様なバックグラウンドを持つ方ばかりで、日本人である私たち家族のことも自然に受け入れてくださいました。

また、子どもの学校を通して知り合った家族や、ひょんなことから出会った友人たちが寄り添って助けてくれ、
その人たちのおかげで、夫のいないアメリカ生活を続けることができたと言っても過言ではありません。

このブログでは、私たち家族の経験を少しずつ残していければと思っています。

Wrote this article この記事を書いた人

ohanaplus2206 女性

アメリカ駐在だった夫の突然の帰任。 家族で話し合いを重ねた結果、家族はしばらくアメリカに残るという選択をしました。 大変なこともたくさんありましたが、子どもたちの成長、新しい出会い、子どもたちが得られたかけがえのない経験も多くありました。 このブログでは、海外生活の中で感じたこと、困ったこと、調べたこと、そして家族で経験した日々を記録しています。海外生活や家族のことで悩んでいる方に、少しでも参考になれば嬉しいです。

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